「美味しい」は、ゴールではなくスタート
料理人として修業を積んでいく中で、何度も耳にした言葉がある。
「美味しくて当たり前」だ、と。
最初はその意味がよくわからなかった。美味しく作ることがどれほど難しいか、自分で経験したからこそ、「なんで当たり前なんだ?」と反発もあった。
でも、ある時気づいた。
おいしさだけでは、人の心までは動かせない。
記憶に残る皿には、技術以上の“何か”が込められている。それが「感動」だと思った。
僕は「おいしい」の先にある感動を届けたい。そのために大切にしている3つのことを、今日は正直に書きたいと思う。
1. ストーリーのある食材を使うこと
僕のレストランでは、小田原を中心とした地元の食材を使っている。
理由は単純だ。「物語」があるからだ。
ヤングコーンを育ててくれる農家さん。魚を毎朝届けてくれる漁師さん。土のにおいや潮の香りが、そのまま料理に乗ってくる。
お客様に「このズッキーニは●●さんが育てたものなんです」と伝えると、必ず目が輝く。
料理は、素材の物語を届ける手紙だと思っている。だから僕は、その素材を裏切らないように、最大限に生かしたい。
2. お客様の“背景”を想像すること
同じ料理でも、食べる人によって受け取り方は全く違う。
たとえば──
• 夫婦で久しぶりの外食に来た人
• 親子で大切な記念日を祝う人
• ひとりで静かに食事を楽しみたい人
僕は、お客様の様子を見て、料理の出し方や声のかけ方を変える。
料理は、ただ「作る」ものではない。届ける“タイミング”と“空気”がすべてを左右する。
「この人にとって今日の一皿が、良い記憶になりますように」
そう願いながら、料理を作っている。
3. 想定を裏切る「ひとさじの驚き」を仕込む
安心感と、ほんの少しの驚きと期待を裏切ること──。
僕が理想とするのは、そのバランスだ。
たとえば、トマトの冷製スープに“香ばしい玉ねぎのチュイール”を添える。甘いスイカのソルベに、タイムの香りをまとわせる。
「えっ?」と思わせるような要素を、そっと忍ばせる。
それが“感動”になる。
「美味しい」から「うれしい」へ。
その一歩をどう越えるかと
「お客様の期待を良い意味で想像を裏切ること」。
が、僕の毎日のテーマだ。
感動は、皿の上だけにあるとは限らない
あるお客様に、こんなことを言われた。
「料理も良かったけど、空間と時間が全部合ってて、本当にゆっくりできた。楽しめた。」
その言葉が、今でも忘れられない。
僕が作りたいのは、料理ではなく記憶かもしれない。
その人の心に、そっと残る“体験”を提供すること。
それが、僕の目指す「感動」だ。
